医師・スタッフ紹介

地域の人々を支える医師。私は自分の生きる道として家庭医を選びました。学生時代に医師を志した時から、その思いは変わりません。

決して楽な仕事ではないけれど、願うのは、患者さんとその家族が幸せに暮らせること。

坂戸医師イメージ1

私が医師を志した理由

私がこの仕事に就くきっかけとなったのは、高校生の頃出会った「赤ひげ」。その世界に漠然と憧れを抱いた当時の私は、進路を決める段階で医学部を目指した。自分で言うのもなんですが、真っ直ぐですね〜。

医学部1年のときに、診療所の見学に行く機会があったんだけど、何よりも印象的だったのは、診療所とその医師が、地域の方々から慕われ、親しまれていたこと。このとき改めて、自分もそんな医師になりたいと思った。

医学生の頃の自分

「どういった医師を目指すのか」ということを色々考え、気がつくと「全国医学生ゼミナール」に積極的に参加したり運営する立場になっていた。 このゼミに参加するのは、医学生だけではない。看護、理学療法、薬学など、医療系の学生が、学部や職種の垣根を超えて集まる。つまり将来、医療の仕事に携わる学生が、「医療」について意見を交換し合う場。

総合的な診療を行う家庭医にとって、医療関係者との連携はとても重要だし、患者さんのために、最善の方法を考える力も必要。身体の健康だけでなく、どの選択が患者さんにとって幸せかという判断も、人によってさまざまだと分かってくる。 だから、そのゼミで学んだことは大きかったなと今でも思う。

もちろん、ドライブや飲み会など、普通に学生生活を楽しんだりもしてたけどね^^

医療現場の実情

これまで、臓器別専門医の養成はずっと行われてきたけれど、総合的に診る医師の養成というのはあまりされてこなかった。この点では、日本は世界からかなり立ち遅れていると感じる。

実際、医療現場では、発生する健康問題の大半はプライマリケアの現場で解決している。
それはつまり、臓器別専門医の先生方が、各自の努力で、広範な問題に対応する能力をつけて対処しているということ。
臓器別専門医はもちろん数多く必要なんだけど、一方で総合的に診る医師も必要で、「それとして育てる」ことが今後大事だと思う。

支えてくれるスタッフたち

どこもそうかもしれないけど、青森県の医師不足は深刻。
医師が臨床の現場からドロップアウトすることも。
そういった状況の中、スタッフの協力が、医師としてやっていけるかどうかの大きなカギになると思う。
幸い、私はスタッフに恵まれ、家庭医として日々仕事ができる。面と向かっては気恥ずかしくて言えないけど、支えてくれるみんなにはとても感謝しています。ありがとう。

チーム在宅・・・という名の飲み会

医療は医師だけでは成り立たない。 “チームとして”高い能力を発揮するにはどうしたらいいか。 それを考えるのは医師の重要な役割の一つだと思う。 そのために(という大義名分で)、チームのみんなで飲み会をやっています! みんなに支えられているからこそ、仕事もオフも充実して過ごせるんだなぁ。

私は家庭医を目指して生きていく

私としては、総合的に診る医師を目指していきたいと思っているし、そういう医師の養成にも関わっていきたいと思う。
そうすることで、青森県や北東北全体の医療の質・量の向上に寄与できたら…。
それが今の僕のやりがいです!

他の分野では得られない喜び

人間の健康問題の多くは、純粋に生物医学的な問題だけのように、学生の時は錯覚する。
だけど実際は、心理的・社会的な要素が複雑に絡んでいる。
例えば、頭痛で来院した人が、実は最近肉親を亡くしていたとか。頭痛、めまい、咳、腰痛が持続している方が、実は仕事上のストレスを契機にうつ病になっていたとか。
家庭医療の場合、患者さんの近くで、その環境まで感じられるので、そういった複雑な背景を紐解きやすい=健康問題の解決(軽快)の糸口が見えやすいと思う。

それから、長い闘病生活の末、在宅で最期を迎えた方の家族が、後日会った時、
「色々大変だったけど、家で最期を迎えられてよかった」
と笑顔で話をされているのを見ると、「ああ、在宅を支えられてよかった」と思う。

私が泣いたとき

「自分の体も悪いのに私を介護してくれている夫にとても感謝しています。先生にも看護婦さんにも感謝しています。ありがとう、ありがとう。」

往診している患者さんが、涙をこぼしながら言われた言葉。
これには私も思わず泣かされてしまった。
やられた!

家庭医療の難しさ

対象となる健康問題が広範囲なので、日々わからないことや知らないことに直面する。
私はまだ医師となって8年目だけど、ベテランのプライマリケア医もそうだという。
一生勉強。
常に現在の医療水準についていくというのは、簡単ではない。問題が解決しないまま、経過を観察しなければならないこともある。
例えば、めまいで来院した方が、良性発作性頭位眩暈症か、疲労か、実はごく小さい脳梗塞か、抑うつ傾向による症状か…なかなかはっきりしないこともある。医師として曖昧な状況に耐えるということは、人によっては結構ストレスかもしれない。

明日の家庭医の君へ

これを読んでくれたあなたが、何の専門医になるか悩んでいるとしたら、今一度考えてみて欲しい。
患者さんの全部を考えてあげられる、その人の人生に寄り添って、何かあったら手を差し伸べてあげられる。そんな医師がいたっていいじゃないか。

総合的に診る医師というのは、今後ますます必要とされると思う。
以前と比べて、徐々に研修体制は整ってきているものの、家庭医療はまだまだこれからの分野。必ずしも全てが揃っているわけではない。
だからこそ、先に立って進む医師が必要で、後に続く医師が必要なんです。
一緒に道を切り開いていきましょう。